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スポーツトレーナーを目指した理由

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スポーツトレーナー、曽根康弘の歩み

A8C720BB-7E87-4C20-9B3D-0B52D8BA2074.jpegトレーナー活動風景

僕が、スポーツトレーナーを目指したきっかけは、高校生までさかのぼります。当時、僕は、陸上部に所属しやり投げの選手として活動していました。

陸上は、高校生からスタートしたということもあり、大会に出るたびに自身の自己記録を更新していく状態で、とても楽しく活動していました。高校1年生の冬季練習では、40mを超え、県大会出場の可能性も出てきましたが、その時にケガをしてしまいました。

ケガは、右肘内側上顆剥離骨折です。また尺骨神経の炎症もあり、専門競技のやり投げの練習が思うように出来なくなりました。

投げることができない分、下半身などの強化をする日々が続きます。トレーニングの参考書を見ながらトレーニングを組み立てていました。特に読んだトレーニングの本が「JUMP ATTACK」というマイケルジョーダンが実践していたトレーニングが紹介されている本です。

そのころ、マイケルジョーダンが3度目の現役復帰をしたころで、僕はよくバスケットボールを見ていました。選手がダンクをする姿がとてもかっこよく映っていました。

そして、僕は投げれない分、ジャンプトレーニングを中心に下半身の強化を図っていきます。トレーニングを積んでいくと、カラダの変化がわかるようになりました。垂直跳びでは、バスケットゴールが触れるまでになりました。このころから、トレーニングを指導する仕事をしてみたいなという目標が出てきました。


浜松大学(現 常葉大学)に入学し、学生トレーナーとしてスポーツトレーナー活動を始めます。当時は、経験が浅く毎日が戦いでした。

ケガの応急処置では、肉離れや打撲、さらには足首の捻挫など様々なケガと出くわしました。また、野球部のトレーナーとして活動したこともあり、投球動作を評価し、ケガの予防やコンディショニング管理に努めて活動知ることができました。

そんな経験から、大学在学中から浜松市内の高校へ、足を運びトレーナー活動の幅を広げていきました。

そして今では、バスケットボール、野球、テニス、ラグビーなど多くのスポーツ現場へ足を運び、活動を続けています。

ぜひ、スポーツトレーナー、曽根康弘を宜しくお願い致します

 

 

 

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